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旅は冒険に満ちすぎる・インドネシア孤島の旅(9)


パニックはゆるやかにやってくる。 
私は短波放送を聞きながらレストランの手すり越しに水平線に目をやる。

ぼんやりする。 

店の中はがらんとして開店休業状態だ。
ウェイターがいつものように野菜のスープを出してくる。

今日はこれに少しライスをつけてくれと頼む。 
OKとウェイターは爽やかな笑顔で去って行く。 

静かだ。

南風が頬を撫でるごとに、私の計画は狂って行く。 
スケジュールがたたない。 
ハエがうるさくて殺虫剤を思いっきりぶちまきたくなる。 
火炎放射器で焼き殺したくなる。 

心の中ではめまぐるしく今後の策を練っている。
 生まれて初めてだ。祖国、我が国」といった概念で「日本」のことを考えるなんて! 

日本が好きだ!日本に帰りたい!  
でも日本に「なぜなんだ!?」と小一時間膝を突き合わせて問い正したい。 

湾岸戦争になぜ日本が手を出した? 多国籍軍、資金援助ってなんだ? 
その曖昧さこそが、イスラム圏にいるといかに憎らしいかわかるというものだ。

蚊取り線香を嗅いでいると奈落にたたき落とされる気分になる。
そう、前世は蚊なのだ。ああ、そうとも。蚊ですよ! 

高級感溢れるバンガローも、今や私には最低の場所になっていた。 
部屋にいるのが嫌で、波打ち際でバティックとバスタオルにくるまって過ごす。

私は楽園の怒るオブジェだ。 
押し寄せる波に腕をムチャ振りして あらん限りの憎しみをぶつけ
波にざんざん洗われるオブジェだ。 

こんな場所来るんじゃなかった!!と心の底から叫ぶ。

海岸で世界地図を広げていると、今自分がいる場所と日本が途方もなく離れていることに心底ムカムカする。

そしてこの地球のどこかで戦争が始まったという驚愕。
それを楽園のど真ん中で実感する驚愕。 

日本はどの方向だろう?などと思う。
できることなら、どこでもドアで今すぐ日本に帰りたいんだが!  
1時間で帰りたいんだが!  

望郷の念に我を忘れていると、腕に無数のはえがとまる。 
腹立たしく、ガァーーーッと叫んで砂を投げつける。 

私の心は、もはやただのガキレベルに急降下している。 
孤独だ! 

ここにあと2日も滞在しなくてはいけないとは!  
孤独だ! すぐに日本に帰りたい。今すぐ! 

 あちこちでパスポートを何度も何度も読み返す。 


  「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する」 

今や私の愛読書はパスポートになっていた。 
大丈夫だ。日本は私を見捨てない。あ、ヤバッ、私のメンタルやば! 

「アパ(こんちわ)」と声をかけてくれるスタッフに「アパ。」と泣きっ面で答える。 

どうした?大丈夫かい? いや、大丈夫じゃねーよ。すぐに国に帰りたい。 
すぐに帰れるさ。もう少し待ちなさい。 焦ることはないさ。

と言っているらしい。 

インドネシア語もよくわからなくなってきている。 

とにかく蚊取り線香でめまいがして体調が悪いというと、ジャムウを作ってくれるという。 
ジャムウとは、生薬のミックスジュースらしい。つまり青汁だ。 
苦くてこれがひたすらマズかったが、いい薬は苦い、これで元気も出るという。 

腹は壊さなかったが、めまいも治らず体調も持ち直さなかった。 

やっとの思いで帰途の舟に乗り込み、帰る一直線の旅が始まった。 
どんな手段を使っても帰りたくてたまらなかった。 
ロンボクからおんぼろのムルパティエアでスラバヤへ飛ぶ。
とてもロスメンに泊まる精神状態ではなかったので、少しマシなホテルに宿泊を決めた。
コロニアル形式のほどほどにいい感じのホテルだ。
フロントロビーはえんじの絨毯でそこそこに高級感がある。 

スラバヤの猛暑と湿気は鬼気迫るものだった。 もう一刻も早く日本に帰りたいとチケットオフィスに怒濤のごとく駆け込み、涙ながらに掛け合うが、なかなか席がとれない。
今日の便はもう満席で、明後日の夕方の便なら一席ご用意できそうだという。もういい、それでいいからとキープする。明後日!なんて遠いんだ! 

ホテルは設備がひどく旧式で、エアコンの音がうるさくて落ち着かない。
しかしエアコンを消すと、窓の厚いガラスを通してオーブンレンジみたいに熱気が襲ってくる。窓を開けると更に熱風でぶっとびそうになる。

くっそぉ〜!とつぶやく。

持ってきた取材手帳にありとあらゆる罵詈雑言を書きなぐる。
それが清涼剤のように心地よい。 

夜になると大声を出してホテルの廊下を走り出したい衝動に駆られた。そんなことをしたら大変だ、と自制する自分はもうあと5%ぐらいしかいない。 

ドアを開ける。その度にわずかに残った理性がそのドアを閉める。 
頭のてっぺんまで我慢限界になったような不快な気分だ。 

三回目のドアを閉めたあと。体を動かすために、踊った。
呪いの言葉を吐きながら踊る。最悪だ。
呪いのインドネシア踊りだ。
こんなところ、もう二度と来るもんか! 踊り疲れて少し眠る。 


翌朝、私は廊下を走ってロビーに行き、フロントのソファに座って読む気もない新聞を読むふりをする。

フロントマンがちらっと私を見る。

不審なのだろう。不審なはずだ。不審だとも! 
私だって自分の行動が不審でたまらない。
人がいる場所にいないと気が狂いそうなのだ。 

リコンファームをして、とにかく明日の夕方には日本に向かう飛行機に乗れる。
でも、まだここに28時間も留まらねばならないとは!地獄! 

楽しむ気持ちなんてこれっぽっちも生まれてこない旅。 


そして、説明のつかない濃厚体験まであと1時間。


つづく
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