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旅は冒険に満ちすぎる。インドネシア孤島の旅(7)


シュノーケルとフィンをつけて泳ぐと、海はどこどこまでも透き通っていて、太陽が真上にあると自分の影がくっきりと海底に映る。ひたすら静かで、まるで空飛ぶ夢を見ているみたいだ。 

インドネシア語は単純で覚えやすい。「パギ!(おはよ!)」「ツリマカシ(ありがとう)」「スラマッジャラン(じゃあね)」それだけしか喋らない日もあれば、英語という共通言語のおかげで、オーストラリア人夫婦やヨーロッパのバックパッカーたちと食事を共にすることもあった。

バリからやってきて一泊で帰って行く旅人も多いようだ。 
「ここは本当に素敵な島だけど、バリの方が何かと便利ですね」と旅人が笑う。 
「そうね。でもダイビングするにはやはり素晴らしいポイントよ」とオーストラリア人夫婦が言う。 ここの周辺には数えきれないほどの青珊瑚が棲息しているらしい。「こんな場所はもう世界中にあまり残っていないと思うわ」と彼女はしきりに感心していた。

私たちは顔を合わせるとおしゃべりをしたが、誰もが心のどこかで心配していたのはイラン対イラクの緊張状態のことで、それについては皆がそれぞれに持論を持っていた。

もし米軍が干渉して戦争が始まれば、イスラム教国家の旅は厳しくなると言った旅人もいた。しかし、私はというと、まさか本当に戦争が始まるとは思っていなかったし、何より「日本」は戦争など受け入れないと信じていた。今考えると「平和ボケ」はなはだしい愚か者だったと思う。 

島での日々はじつに平和だった。この島は小さい。ぐるりと歩いてものの30分もしないうちに出発地点に戻る。この島には牧場があり、はるか遠くで草を食んでいた赤牛たちが私の気配に気づいて一斉にこちらを凝視する。驚いているらしい。何か違う匂いでもするのだろうか。 

小さな学校もあったが、ここに来る子供たちはどこにいるのか姿が見えない。ビーチ周辺で見かけもしなかった。 

この島には東南アジアの観光地につきものの物売りは一人もおらず、ビーチで誰かに出会うこともなかった。 いうなれば島は丸々プライベートビーチである。ビーチの砂は打ち寄せる珊瑚の白い破片でできていた。 

私は島で好きなだけシュノーケルをし、東京で切望していた静けさを手に入れ、泳ぎ疲れたら寝たいだけ眠り、毎日同じものを食べ、本を読み、夕方にはポットに2本分の湯をもらい、少なくとも最初の数日間は心地よく過ごした。

昼間は海中を観察し、隙さえあれば襲ってくる蚊を避けるためにバティックにくるまって浜辺で水平線や流れる雲を眺め、夜は星と月影を眺め、自然観察に没頭する。いずれにしてもここでは自然観察以外にすることはないのだ。それはもちろん旅の醍醐味ではあるが、一週間もする暇。大いに暇であった。

ウォークマン(そう、当時はウォークマン)の電池はたっぷりあっても、テープに入れた音楽にすっかり飽きた。おまけに本はスティーブン・キングの短編小説一冊だけしか持ってこなかったので、もっと別の本を持ってくればよかったと後悔した。


じわじわと、もっとヤバいなにかが迫ってきてることも知らずにね。


つづく
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