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旅は冒険に満ちすぎる。インドネシア孤島編(3)


宿の斜向かいのビアガーデン風レストランにヨーロッパ人がいたので、ここで夕食にすることにした。 

メニューは写真つきでラッキーだった。 
とりあえずはインドネシア名物ナシゴレン(限りなくエキゾチックなスパイシーチャーハン、目玉焼きと海老せんべいのせ)とサテ(スパイシー焼き鳥)を頼む。 

店のおばちゃんはニコニコしながら私の足下に太巻きの蚊取り線香を置いて行った。 
この匂いは日本の蚊取り線香の比ではなく、目にしみるぐらい強力だ。
しかし、マラリア蚊にやられるよりはこれぐらい我慢しなくては。  

不思議なことに、食べている間もずっと、頭の中がふわふわ現実感が欠けている感じだった。 米国人の友人が、ペンシルバニアの故郷から日本に帰るとき「心をまだ飛行機の中に置きわすれたみたいな気がする」と言ったことを思いだした。多分それだ。 

香草入りの不味いレモンソーダにがっかりしながら、遠くの席で楽しげに話をする外国人の旅人たちを眺めながら日記を書いて過ごした。 

通りはガチャガチャ、ブーブーと自転車や車やカブが走り、店にはインドネシア語の歌謡曲が流れるわ、 どこかから祈りの声が聞こえてくるわ。まさに音の洪水だ。 とにかく疲れた。
ロスメンに帰るとベッドに倒れ込んでいつの間にか眠っていた。 

突然、ドカーン!という爆音で飛び起きる。
寝ぼけた頭の中に真っ先に浮かんだのは、とうとう戦争勃発!?という焦りだった。
慌てて腕時計を見ると朝5時前。ほどなくして、大粒の雨がバタバタと安宿のトタン屋根に当たる音が響きはじめた。あたりがゴロゴロゴロと恐ろしげな音を立てている。
さっきの爆音は雷だったのだ。

窓がフラッシュみたいに光ってすぐにまたとてつもない爆音が響いた。とても近い。2、3軒先は完全に倒壊したのではないかと思うほどの雷だ。
こんな身近に自然音を聞いたのは久しぶりだ。
小さなベッドの上に再び寝そべって、私はニンマリ笑っていた。

いよいよ、旅が始まったのだ。 

身支度を整えて外に出ると驚いたことに町は浸水し、ひざ下まで水が来ている。 
番台にいるロスメンのオーナーと顔が合う。

これ、何? とジェスチャーすると、
「うん、仕方ないねぇ」という顔である。

 冠水した道ではポンコツ車があちこちで立ち往生している。 
私も幼い頃、実家の近くの川が氾濫して何度か床上浸水したことがある。
まぁ、見慣れた景色というか、最近は見ることのなかった懐かしい光景だ。 

この洪水の中で有らん限りの力を振り絞って自転車を漕ぐ者がいる(驚きだ)。 
水の中にぼう然とたたずむ者もいる(わかるわかる)。 

私はジモティの間を荷物を背負ってバシャバシャ歩いて行き、
この場でいちかばちか商売しようという勇敢なタクシーに乗って空港に向かった。

このまま泥水の中で立ち往生するか、うまく切り抜けられるか。
飛行機の時間に間にあうかどうかの運試しだ。 

タクシーはクルーザーみたいに通りの水をかき分けながら空港前まで走り切った。 
私の運はいいらしい。 

スカルノハッタ空港からスラバヤへ、そこからまたロンボク島へと川面の飛び石みたいに国内線を乗り継いだ。 

ロンボクのアンペナン空港に向かう国内線のプロペラ機は凄まじい旧式で、十数席の機内に座っているのは私の他に乗客は6人しかいなかった。 

タラップを登るとき、パイロット席の窓に内側からべったり新聞が貼り付けられていた。日よけだろうか。 窓は半分以上覆い隠されている。大丈夫なのか。。。 

客室乗務員が機内を見渡して、あなたは荷物を持ってこっちへ、と席を左右に振り分ける。 
まさか客で機体バランスを取ってるんじゃないだろうなと思ったが、まさにその通りだった。 

山ほど荷物を持ったジモティが入ってくる。 
芋や葉物が入った大きなカゴ。かなりの重さがありそうだ。
これもまた機内の左右に振り分けられる。
この国内線は、ロンボク島への貨物便も兼ねているようだった。 

田舎にある高速道路のサービスエリアみたいな空港に着いた時は、
なんとか墜落せずに到着したという気持ちでホッとした(実際にこの数カ月あとに、同じ国際線が墜落した)。

しかし空港についても、目的地はまだまだ先である。


つづく
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