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旅は冒険に満ちすぎる。インドネシア孤島編(2)


10日前。 私は羽田からインドネシア行きの飛行機に乗った。 
機内にはバリ島ツアーの日本人観光客がわんさと乗っていて、 
ただただ日本の日常が広がっている。 

ジャカルタのスカルノハッタ空港で下りたのは、 数名のビジネスマン風の人たちと、ヒッピーのような旅人、つまり私だけだ。 

バリかぁ。彼らは芋洗いの観光地へ行くのだなぁ。 ニヤリとしながら先を急ぐ。
私は今から彼らの想像もつかない、とてつもなく素敵な島に行くのだ。
まだまだ目的地への旅は始まったばかりだった。 

スカルノハッタ空港はほのかな線香の香りがした。 
荷物を受け取り、両替した30万ルピアを急いでかばんにつっこむ。 

現地で働くホテルのメイドの給料は一ヶ月3万ルピアだと聞く。 
バリあたりで豪遊したがる日本人が多いわけがわかる気がする値段だ。 
明日の朝一番にスラバヤ経由でロンボク島まで国内線を乗り継いで行くため、その夜は空港周辺のロスメンで宿泊することにした。

「ロスメン」それは何と安く危険な香り! 
若かったからこそ泊まれた一泊七百円ぐらいの安宿、民宿である。事前予約はいらない。 
空いているか空いていないか交渉するのみである。 

こういうとき頼りになるのは、日本人のバックパッカーによる評価だ。 
そこはたいてい我慢できるぐらい清潔で、最低でもクーラーとバストイレは完備。 
そして周辺の環境がよく、ほどほどに便利であることが基準になっている。 

私の泊まるロスメンはジャカルタ空港から人力車に乗って10分ほどの場所にあった。 
クーラー、シャワー、トイレ完備という触れ込みで、 店構えは開店休業中のパン屋みたいだ。 何も入ってないガラスケースが並んでいる。 

奥に番台みたいな一角があって、そこでチェックイン。
 部屋は番台横の小さな入口から増築した隣の棟に抜ける。 
トタン板が貼ってある。まるでバラックだ。 
今だったら青くなって、冗談じゃないと急いでホテルを探すだろうが、 
その頃はまだバラック的なロスメンを面白がる若さがあった。 
何より、明日の朝まで一晩雨露をしのげればよいわけで、ホテルよりも節約を選んだ。 

部屋は広さにして七畳ほど。
窓は隣の建物に遮られて、わずかな光が入るだけ。 
小さなベッドには、ノリの利いた清潔なシーツが敷かれていることがせめてもの救いだ。

バスルームのドアを開けると、シャワーというのは嘘で、 
青いタイルをしきつめた窓のない部屋の隅に 深さ1メートルほどの小さな四角い水貯めがあり、手おけが置いてあった。
沐浴(マンデイという)場だ。 
その水はびっくりするほど冷たい。
 こんなもんいきなり浴びたら心臓麻痺起こすぞ、と思うほど冷たかった。

部屋にいても何もないので、早めの夕ご飯をどこかで食べねばならない。 
表に出ると、ジャカルタの裏通りはまるで戦後の日本を見ているようだった。 
土ぼこりを巻き上げながら走って行く旧式の車や人力車、
人々の行き交いは妙に郷愁を誘う。 

通りにはレストランも安宿と同じく、
目を疑いたくなるようなボロ食堂があったり、 かと思えば高級そうなレストランがある。 

こういうときに店選びの指標にできるのは、ヨーロッパ人の客が多いレストランだ。 彼らはたいてい安くておいしい場所を知っている。




つづく
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