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難アリ オールウェイズ ベトナムの夕陽(23)


長かったベトナム旅行も残り2日となった。 
いつもアジアの長旅では「変なものを食べないこと」に、極力注意を払ってきた私だったが、
生水を飲まない、生ものを食べないという2大ルールは、フエホテルのシュガーアップルあたりからおかしくなりはじめたのだが、その勢いはどうにも止まらなくなっていた。 

気の緩み、である。

だいたい、残りの旅行資金がまだ46万ドンも残っていることが私たちの最大の悩みだった。これは日本円に換算すると当時7000円ぐらいなのだが、その頃はベトナムドンを日本円に両替して日本に持ち込むことはできなかった(現在は可能)。

つまり、ドンが残ると大損だ。といっても買い物もめざといものがない。とにかく、これは食うか飲むしかない、ということになった。

久々にギアとベトナムの藤竜也こと暴走運転手に再会し、ブンタウに向かう。 

当時のブンタウは日本人ビジネスマンや広告代理店関係者がリゾート開発に向けてちらほら訪れるようになった頃である。  

ビーチは素朴できれいだったが、海は雨のせいで灰色がかったグリーンだった。 
こんな場所をどうしてリゾート開発するのだろう?と不思議に思う地味な場所であった。
季節柄なのか、湿気がすごかった。

昼はギアとドライバーも一緒に海岸沿いの「海の家」らしきおんぼろレストランで海鮮料理を食べた。 焼貝、イカ炒め、小さな牡蠣の入った絶品のバンセオ。牡蠣フライ!  

めっちゃうまいわー!と感動しながら、何の躊躇もなくペロリとたいらげた。 
ギアのチョイスはとにかく絶品である。そして何より信頼できる。謎肉でも謎貝でも安心しきってパクパクやってしまった。

そして、店のおばちゃん手搾りの特製レモネード(ビールジョッキで出てくる)が素晴らしくおいしかった。強欲に2杯おかわりした。

ブンタウビーチにほどよく近いホテルは、コロニアルとエスニックが微妙なリゾートホテルである。 

海の近くのせいか、ベッドやリネンがやたらとじっとりしていて、我慢ぎりぎりの湿度だ。 
窓の外は、曇りとはいえど紫外線の強さを痛いほど感じる。 
湿気の多い国で日に灼けると、小麦色ではなく灰色っぽい日焼けになるのがどうもいただけない。 まぁ、すでに私は灰色に近くなっていたわけだが。

ビーチはほとんどジモティの家族ばかりであった。 
ベトナム人は黒系のTシャツや、パジャマ的な薄い服で泳いでいる人ばかりである。 
派手な水着で泳いでいる人はまったくいない。    

ここの海は塩分が高く、仰向けにぷっかりと浮くことができるのがいいところ、とギアはいう。 編集者はちょっと泳いでみるといってビーチで水着になったが、 背中にはカンボジアで受けたコクチョールのあとが生々しく残っていて、それを見たジモティの人々がいっせいに笑いはじめた。

ビーチで噂が噂を呼び、あっちからもこっちからも編集者の背中を見に来るジモティーが集まってくる。恥。 

ギアは「あの男性はあんなに体格がいいのに病弱なんだ〜、と笑っているですね」と苦笑いする。 コクチョールは、体力がなく病弱でどうしようもない人がやる民間療法なのだという。 なるほどねぇ。 

ビーチにいると次々と物売りがやってくる。 

小さなガラス瓶に、緑と白に分離したゼリーのような謎デザート。
物売りは、買うまで目の前からどこうとしないので、ギアが私の分もいっしょに買ってくれた。

次は天秤棒にゆでたてのとうもろこし売り。 このとうもろこしはスイートコーンではなく、昔ながらの穀物然としたとうもろこしで、おいしかった。
こりゃローカロリ−だよねなどと笑いつつ何の躊躇もなく食べたわけで、当初の自己防衛本能はすっ飛んでいたとしか思えない。 

ホテルに帰って夕食。

今日はオフ日ということで食ってばかりいた。 
ビールを飲んで、セブンアップ(なぜかベトナムではセブンアップが主流であった)を飲んで、ベトナムレモネードが気に入った私はここでも調子に乗って2杯おかわりした。 

つまり今日は生レモネードを計4杯飲んだということだ。 

その時点で軽くみぞおちが痛むようになっていた。 

喋って笑いすぎたせいかと思っていたが、
どうやらそうではなかった。。。



つづく

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