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難アリ オールウェイズ ベトナムの夕陽(22)

夕方になると、ホテル1階のバーがビアガーデンになるらしく、素人耳にもへたくそすぎる生バンドの音がガンガン響いてくる。こうなると安宿感が右肩上がりである。

編集者は夜になってもコクチョールの赤い葉脈状の内出血が残っていて、自分の体がまるで理科室にある筋肉標本みたいだと気味悪がっている。
このまま内出血したままだったら大変だと悩みに入っている。飲んだ勢いで大いに冷やかす。

酔いが回ってくると遺跡の呪縛も解けて、妹とも和解し、じゃあお休みね〜と部屋に入り、日記も付けずにベッドに倒れ込む。だが、下手なバンドサウンドにイライラして眠れない。

ふと見ると、シュガーアップルがあった。ナイフもないし、これどうやって食べるんだろう。手でむしってみると、意外に簡単に分解できた。

酔いにまかせて半分ほどかじったが、甘くも何ともなかった。これはひょっとして飾りだったのだろうか? と妙な不安が走る。

翌朝。私たちはいつにも増してどんよりした朝を迎えていた。

妹は昨日から腹の具合がよろしくないという。
編集者はこのタイミングで「親知らずがはえてきた」と頬を腫らしている。こんな場所に歯医者なんかねえよ!とノリツッコミしながら、夕べはバファリンを飲んで早々に寝たという。 

私は……夕べ遅く、急に胃痛に襲われ、1時間ごとに目が覚めて寝不足だった。
シュガーアップルにやられたのだ。食べなきゃよかったと後悔しつつ、フエホテルをチェックアウトしてダナンに向かう。

窓の外は真っ青な空が広がっている。
ゆったりしたフォン川のあちこちに水上生活者がいる。舟が我が家。
もちろん風呂はフォン川だ。
彼らはフォン川で魚や砂を採って生計をたてているという。
雨期はさぞ大変ではないかと思う。。。 

ベトナムあいまい英語のガイド氏がつかつかとやってきて、今日は移動して昼食を済ませたらマーブルマウンテンに行くからね。という。「大理石の採掘場跡」だという。 

あ〜、もうやめて〜!この期に及んでなぜ採掘場跡などを見学に行かなきゃなんないのだ? と拒否すると、 ガイドは「決まりだから行くのだ」と口をヘの字にまげている。
もう遺跡は腹いっぱいすぎる!

編集者と妹に、採掘場跡に行きたいのか? とたずねると、皆「うーん。。。」と考え込む。 
しばらくして、
「まあこの際、行ってみてもいいんじゃない?」と妹がいう。妥協案だ。 

「いや、行きたくない」と私は拒否る。
行きたくない。絶対に行きたくない。意地でも行きたくない。 するとガイドはますますムキになって 「どうしても、行かねばならない!」という。 
なんだよ、おっさん、「must」かよ!
「なぜ、そんな場所に“絶対”行かねばならない?!」

ガイドはあからさまに嫌な顔をする。当然、険悪なムードになる。 

「ま、いいじゃん、ここはひとつ、行くしかないらしいから」と編集者がその場を何とかおさめようと背中をぽんと叩く。超しぶしぶ行くことにする。ものすごくしぶしぶ。 

後になって思えば、これは曖昧なベトナム英語ゆえの悲劇だ。 
彼はそこが何なのか私に上手に説明できなかった。
そこはどうなっていて、何があるのか、 
「そこはただの採掘場じゃないんでちゅよっ」とギアのように興味をそそる表現ができなかったのだと思う。 せっかくの共通言語も、ボキャブラリーが少ないと、いい話もこじれてしまうことを痛感した瞬間でもあった。

なぜなら、意外も意外、このつまらないフエ・ダナンにおいて、マーブル・マウンテンほど興味深い場所はなかったのだから。

憂鬱な気持ちで向かったマーブル・マウンテンは、私が想像していたチンケな採掘現場ではなく、これがじつにシブい場所だった。

壷をみたいな形をした標高百メートルの山に向かう階段を上がっていくと、あちこちに寺がある。巨大な盆栽のような場所だった。   
マーブル・マウンテンは5つの山が連結してできたところから五行山とも呼ばれる。山のふもとには大理石彫刻の土産物屋が並んでいたので、多分あのおっさんガイドがここにどうしても行かねばならないといったのは、マージンか何かの事情じゃないだろうか。 

物売りの子供たちが階段を駆け上ってくる。
年齢は十歳にも満たない子から中学生ほどの大きな子までばらばらだ。

階段を上がって寺の前を通って、更に奥の洞窟の入口を進んでいくと、
中は驚くほど広い空洞になっていて、岩のあちこちに巨大なブッダが座っている。

洞窟の天井の隙間から薄暗い空間に向かって光が幾重にも差し込んで、ゆっくりと動く砂埃が浮かび上がっている。まるでインディ・ジョーンズに出てくるような壮大な空間だ。
はるか上に光が差し込む空洞が開いている。その光に照らしだされて、洞窟内に作られた寺院や仏陀が浮かび上がる。気が晴れるとはまさに、このことを言うのかもしれない。  

子供たちは大理石でできた手のひらに乗る象の彫刻や、遺跡拓本を手に持って、買って買ってとしきりに差し出してくる。皆、底抜けに明るい。しかし、一人から買うと全員から買わなくてはならない。ここでひとつでも自分の商品を売ったという実績こそ、彼らの喜びになっているらしかった。

今日はひとつも売れなかったと八歳の幼い女の子がしくしく泣き始めた。わかったよ、あなたの持ってる象の彫刻を買うよと言ったとたん、彼女は満面の笑顔になる。まさに泣き落とし商戦、彼女の勝ちである。  

彼らは商品を売り終えたら、どこかに行ってまたいそいそと新しい商品を持ってくる。さっき拓本を売りつけていた子が、今度はしきりに「カニいらないか、魚いらないか」とザルを見せてくるが、「そんなもの買えないってば!」と断ると、なぜかみな一斉に大笑いである。そして、何事もなかったように「魚は一匹1万ドン、カニ足一本1000ドン!」と言う。 「いい?観光客に生ものを売ってもダメ!いらない!」再び爆笑の渦。 

だいたい、ベトナム通貨は額が大きすぎて安いのか高いのかわからなくなる。編集者は「4000ドンで美術拓本を買っちゃったよ。意味ねえけどなぁ」と苦笑いしている。妹もまた、小象の置物を両手に抱えている。今日の子供たちは商売繁盛の日であったに違いない。

※マーブル・マウンテンは素晴らしい場所だった。ダナンを訪れるなら行かなきゃ損。おすすめしときます♩


さて、旅は残すところあと2日。インディ・ジョーンズ空間の余韻に浸る私は、その時点でシュガー・アップルの呪いが粛々と腹の中で進んでいることにまだ気づいていなかった。。。



つづく

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