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難アリ オールウェイズ ベトナムの夕陽(16)


わたしにとっては憂鬱すぎるカンボジア。
その日は編集者のリクエストで、プノンペンから15キロほど離れた悪名高い「キリング・フィールド」に出かけた。

そこはかつてポル・ポト政権下のカンボジアで2万人以上の大量虐殺が行われた刑場跡地である。 それだけ聞いても行く気が失せる。映画『キリング・フィールド』はすばらしい名作だったが、あれが作り話でなく事実であるということにおののく。そして、あの死体に埋まった荒野に今自分が来ていることも、かなり「引く」

国立のトゥール・スレン虐殺博物館はひどく悪趣味だった。古いコンクリートのあちこちに 血や、叫びや、恨みの空気が充満しているという感じだ。かつて囚人がつながれた鎖や拷問用具の展示を見ていると息が詰まりそうになる。私はすぐに飛び出たが、ガイドさんいわく、観光客にはとても人気の場所だという。ちょっとどうかしているんじゃないかと鳥肌が立つ。 悪いが超がつくほど苦手だ。

ここは外に出てもつらい。

錆び付いた有刺鉄線の向こうは、見渡す限りの地平線だ。 今や自然にもどった荒れ狂った大地。そうと知らなければ、いったいこの何もない荒野で何があったのか誰にもわからない。
時折、赤茶色の牛たちがのんびりと草をはんでいる。

しかし、よく見ると、ところどころざっくりと2m、5mと切り崩された地面がある。 
それはまるで巨大な地獄のミルフィーユだ。 
土の間にいく層にも重なった枯れ木のような人骨がはみ出ている。
そして、引きちぎれた戦士のスカーフ。穴ぼこのあちこちに、殺された人々の恨みがはみ出している。いや、もう恨みも尽き果てただただ、疲弊した空気が漂っている。

ゴミのように遺体が重なって捨てられた。 ここに埋まった犠牲者の骨を全て掘り起こすには、資金も足りない。あと何十年かかるかわからない、永遠に無理かもしれないという。 

こういう場所に観光に来る人の気持ちとはどういうものなのか。私たちは一応取材で来たわけだが、観光で来る気にはとてもなれない場所である。 

頭蓋骨を積み上げた慰霊塔がある。この中には、ここで命をおとした二人の日本人カメラマンの骨も入っているという。   
頭蓋骨は一様に沈黙しているが、何かをまだ黙考しているように見える。 
「祈りなど無用。我々はまだ死んでない」
 彼らはそう言っている気がする。 

寂しい風が吹いていた。 あの寂しい風の感触は、多分一生忘れない。
私がここを再び訪れることは二度とないと思う。

翌日、アンコールワットに行くためプロペラ機でシェムリアップに向かった。
ここでもオーバーブッキングを避けるために、席は早い者勝ちだった。
狭い機内は湿気100%じゃないかと思うぐらいの蒸し風呂状態で
座っているだけでじっとり全身に汗をかく。
半端ではない。なんせ、
手に持ったチケットが数分もしないうちに汗でぐにゃぐにゃにゆがむのだ!
このままだと酸欠状態になるのではと危機感さえ感じる。  

眼下にシェムリアップの町が見えてきたが、
見渡す限り水田と湿地、あとはジャングルで何もない。
編集者が「上から水田を見るとガラス張ってるみたいだなぁ」という。
なるほど、そんな見方もあるのだなぁと思いつつ、着陸態勢に入った。
まだここから数キロ先では内戦のまっ最中だという。あんまりうろうろするわけにはいかない。

アンコールワットは広大でも古代遺跡である。トイレや休憩場所があろうはずもない。
まずは唯一の拠点であるグランドホテルに立ち寄る。
そこで日本の戦場カメラマンに出会った。



つづく


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